カイシンノステミ

毎月100冊以上の漫画&小説を読みながら発達障害でわちゃわちゃしています

発達障害の二次障害で死にたいから「やめる」のをやめたくなるまでやめてみた

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こんにちわ。ルムです。

 

私は30歳を超えてから発達障害(ASDとADHD)を持っていると病院で診断され、つい1ヶ月程前まで発達障害の2次障害にコテンパンに打ちのめされ、まさに「生きた屍」状態で生活をしていました。

 

午前5時頃に目が覚めてその足でコンビニに行き、アルコール度数がキツめの発泡酒を2L程買って家に帰って飲みそのまま酔いつぶれ、お昼過ぎにまた目を覚ましてスーパーに行き同じように発泡酒を3-4L程買い、飲んでは吐いて飲んでは吐いて。

 

深夜1時頃に意識が落ちてまた5時頃から飲み始める。

 

いやぁ、やばかったっす。

 

今日はそこからどう抜けたかとかそういう話じゃなくて、同じ発達障害の二次障害で四苦八苦している人の何か参考になればいいな程度の小話が出来たらたらいいなと思っています。

 

まずは気分を楽にこちらでも流しながら読んでみてください。いい曲ですよ〜。

音楽を聴くのが辛い人はそのままサクッと読んでみてください。

発達障害の二次障害だろうがなんだろうがシンドイ

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私の場合は本当に大好きでやりたい仕事がどうしてもうまくいかず、何度も「次こそは!」と思って挑むものの同じミスの繰り返し。自分では「同じミス」という認識はないのですが、まぁ客観的に冷静に見れば同じですしその辺は大した問題じゃない。

 

ミスをするたびに罵倒を浴び、好きなことがどんどん嫌いになっていく。

 

でも、相手も罵倒をしたくてしてるわけはなく、その罵倒も度重なる自分のミスが引き起こしているもの。世の中「ひたすら相手を責め立てる」のが好きな人なんてそうそういません。この部分で誰が悪いなんてないし、考えるだけ無意味です。

 

そんな毎日で案の定、発達障害の二次障害の餌食になってしまいまして

  • 睡眠障害
  • 自律神経失調症
  • アルコール依存症
  • 過食
  • 吃音

自分で認識できていた症状のはこの辺でしょうかね。当時は気づいてなかったのですが、まーとにかくキツかった。後半はすべて投げ捨ててマジで失踪をしようかと、行く場所や費用や方法などリアルにプラン組んでいましたw

 

そしてその好きな仕事を思い切ってやめるのですが、そこからもまたキツかった。

二次障害の時は「しなくちゃ」いけない事が本当に辛い

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当然新しい仕事を探さなくては「いけない」ので、午前中には起きてハローワークに行かなくちゃ「いけない」し、アルコールなんか昼間から飲んでは「いけない」し、新しく何かをまた始めるんだから頑張らなくちゃ「いけない」

 

明日の事を考えるほんの30秒にも満たない間に「いけない」がもう3つも出ていてそれが無意識に気持ちをドンドン圧迫してうまくいかなくなる。そして、次こそはちゃんと「しなくちゃ」で悪循環の出来上がりです。

 

やりたい事とは正反対にドンドン悪い方に進んでいく生活にうんざりする毎日。

このへんで私のアルコール依存症も結構ピークになっていて

 

「自殺する勇気はないけど、このまま死ぬなら死ぬでもいい。だったら全部やりたいことしかやらないでいいや。」

 

の最後の捨て身の攻撃のつもりで、一斉にすべての事をやめてみました。

『「やめる」のをやめたくなる』まで「やめてみた」

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なんのこっちゃなタイトルですが、まぁこの通りなんです。

自分が少しでも「うわぁ」って思うことを一切するのをやめてみたんです。

 

「あぁもう、こんな時間だけど寝れないなぁ。じゃあ寝なくていいや」

「仕事探さないとダメ人間だよなぁ。じゃあダメ人間でいいや」

「うわぁ、もう昼過ぎだ。起きなくちゃいけないど起きたくないから寝よ」

 

こんな感じでひたすら「うわ」って思う事をやめる事にしました。

 

ただ、自分の中で一つだけ決めていた事があります。

 

それは「やめる」という事を決める事。

 

ただただ「うわぁ」と思う事をしない事は逃げてしまっている事と一緒です。

でも、「しなくちゃ」を無理にやっても自分の人生かどうかもわからなくなる。

 

自殺をする勇気はないですが、死ぬにしても自分で決めたい。周りから「お前クズだな」と言われた時に「あぁ、あれもこれもやればよかったなぁ」と後悔はもうしたくない。

 

ので、すべての「うわぁ」と思う事に対しても自分の意思でやらないを選びたかった。

 

そしてひたすら少しでも嫌な事をやらないでい続けたら、「うわぁ」って思う事が変化してきました。

 

「やりたい事をやる」為に「やめる事をやめる」

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本当に起きた変化は小さくて些細な事の連続で

「最近お日様浴びてないから浴びたいな。午前中に公園に行こう」

「アルコールばかりで体の具合がおかしいなぁ。絶食って面白そうだからやってみよ」

「靴がボロボロだなぁ。買い換えたいし外にも出たいから買い物に行こう」

と、こんなものばかり。

 

だからなんだ!なものなのですが、2ヶ月も何もしないでいるとやっぱり何かしたくなってくるもんで、「やめる事をやめたくなる」んですよね。

 

この延長でブログもやりたくなってやっているのですが、なんかどうやらAmazonの何とかっていうアフリエイトとかグーグルアドセンスとかって、審査に記事数とか内容とかが重要になってくるんですって。100記事くらいあればまぁまぁらしいんです。

 

じゃあ、1日3記事くらい書きたいなぁ。そしたら一ヶ月くらいで申請できるしなぁ。

じゃあ、早く起きたりしてブログ書いてみたいな。だらだら寝るのやめよう。

 

こんな感じで「やめる事をやめたくなる」んです。

この小さな変化が様々なところで起きてやりたい事が増えていき、今のところはどうにか楽しくやっています。

 

つまり、何が言いたいかというと

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発達障害を持っていると、必然的に自分への評価や判断が他者の目を通した「常識」というもので下しやすくなります。そしてその「常識」も、どこかで認識の誤差などがおきてしまい正しい「常識」でない場合も多々あります。

 

人の考えや気持ちを理解したりするのはただでさえも難しいのに、発達障害というハンデを持っていたらなおさら無理難題です。

 

そんな自分自身の作った「しなくちゃいけない」があると、自分のしたい事もしたくない事もわからないまま自分自身が潰れてしまいます。

 

自分自身の「やりたい」に気づいていく為に、「やめる事」のをやめたくなるまでやめてみるのも、悪くないよ。

 

というのが、今回の記事でいいたかった事です。

 

あなたのやりたい事を知っているのは、あなただけなんですから。

 

それでは、また。