カイシンノステミ

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音楽による強烈な情動の研究動向と展望

”鳥肌が立った”,“背筋がぞくぞくする感じがした”などの項目を含む第1因子,

・人の鳥肌についての心理生理機序

身体に鳥肌が立つという現象は,生理的には,立毛筋が収縮し毛が逆立つ現象である。

立毛筋とは,毛穴に付着する筋肉で自律神経における交感神経系の支配を受けており,交感神経の活性化により収縮が起こる。

鳥肌が立つときには,交感神経系の活性化による生理的な覚醒状態がもたらされていると言える。

・音楽による鳥肌感の特徴

また,Sloboda (1991)の調査では,同一音楽を繰り返して聴取した後でも,その音楽を聴取することで鳥肌感が経験されると示されている。

その後の研究において,同一の参加者が同一の音楽を聞く実験を1日ごとに繰り返し行ったときでも,3日後程度まで反応の生起が持続することが示されている
(Grewe et al., 2007)。

情動研究において,ポジティブ情動とネガティブ情動が同時に生じ得ることが示されており,混合情動と呼ばれている。

音楽に特有の混合情動として,悲しみと快の混合情動が挙げられる
(Juslin, 2013)。

写真や言葉を刺激とした情動研究では,悲しみの情動は不快であるものの悲しいヒットソングが数多く存在し, 多くの人に求められるように,音楽が悲しみの情動を喚起しても同時に快情動が喚起されることが示唆されているのである
(Bradley, Codispoti, Cuthbert, & Lang, 2001; Larsen, Norris, & Cacioppo, 2003),

鳥肌感の1回当たりの持続時間は,数秒のみである
(Goldstein, 1980)。
ここから,鳥肌感の生起に伴って生じた覚醒情動が,音楽を聴取した後の情動評価に反 映されない可能性があると考えられる。

・鳥肌感により生じる自律神経系活動

個々の参加者が自ら選択した音楽は,実験者が選択した他の音楽と比べて,より頻繁に鳥肌感が生起し,皮膚コンダクタンス反応が上昇した一方で,心拍数と皮膚温度には変化が認められなかったと報告されている。

皮膚電気活動は交感神経系によって支配されているため音楽聴取によって鳥肌感が生起するとき,聴取者は,交感神経が活性化された生理的な覚醒状態を迎えていると考えられる。(小澤・本間・ 大森・福田・大橋,2009),

・鳥肌感により生じる脳活動

鳥肌感が強く生起したと報告した参加者は,鳥肌感を報告しなかった参加者と比べて,腹側線条体,眼窩前 頭皮質,背内側中脳などがより強い活動を示すとともに,扁桃体,前頭前野腹内側部などでは活動の低下が認められた。

ドラッグの摂取もしくは動物の性交渉において報酬や陶酔感がもたらされる場合と同様であることから,鳥肌感は,音楽によってもたらされる報酬であると考えられた。
(Breiter, Gollub, Weisskoff, Kennedy, Makris, Berke, Goodman, Kantor, Gastfriend, Riorden, Mathew, Rosen, & Hyman, 1997; Kühn & Gallinat, 2012; López & Ettenberg, 2002)

これらの研究結果からは,音楽聴取中に鳥肌感が生起することで,報酬を得たときの脳活動パターンが示されるものの,こうした活動は,鳥肌感に特有の脳活動ではなく,音楽が喚起する快情動に由来した脳活動であると考えら れる。

PETにより鳥肌感に伴って生じる快楽に関係する神経伝達物質であるドーパミンの分泌が検討された。
Salimpoor et al.(2011)

ラクロプライドは,脳内の主に線条体においてドーパミン受容体と結合する性質を持っており、この薬剤の減少によって,ドーパミンが放出されていたとみなすことができる。
(Laruelle, 2000; Slifstein, Kegeles, Xu, Thompson, Urban, Castrillon, Hackett, Bae, Laruelle, & Abi-Dargham, 2010),

同一音楽を聴取した後に,鳥肌感が強く生起したと報告した参加者と, 鳥肌感を報告しなかった参加者が比較された。

その結果,鳥肌感が生起した参加者において,線条体内に位置する尾状核,被殻および側坐核でラクロプライドの減少が認められ,ドーパミンが放出されていたものと考えられた。

これらの中脳辺縁系の脳部位におけるドーパミン放出は,報酬に関わると考えられることから、この研究において鳥肌感が強い報酬であるこ とを示す更なる証拠が得られたと言える。
(Egerton, Mehta, Montgomery, Lappin, Howes, Reeves, Cunningham, & Grasby, 2009; Zatorre & Salimpoor, 2013),

音楽聴取中に鳥肌感が生起する15秒前から尾状核と側座核が賦活することが示された。
このとき,尾状核の賦活がより大きかったが,その後,鳥肌感の生起に伴って尾状核の賦活が減少する とともに,側座核の賦活が上昇した。

これらの結果は, 音楽によって鳥肌感が喚起される前の“期待”に関する脳活動と,鳥肌感を“経験”したときの脳活動が異 なるとともに,鳥肌感の直前および最中において快楽・報酬となるドーパミンの放出を示す血行動態が生じていたことを示す。

音楽を聴取したとき に単に快情動が喚起されるという状態とは異なる,強力な報酬を得たときの快感を反映した脳活動をもたら すと考えられる。

・鳥肌感を生起させる音楽の種類,音楽および音響特徴

聴取によって鳥肌感が生起しやすいのはどのよう な音楽であるか,ということだろう。残念ながら,現 在までの研究では,この問いに対する明確な回答は得 られていない。

実験者が選んだ音楽を聴 取させた場合,鳥肌感の生起頻度は低い一方で,参加 者が独自に選んだ曲では,その聴取によって鳥肌感が 頻 繁 に 経 験 さ れ る
(Grewe et al., 2007; Rickard, 2004)

鳥肌感を生起させる音楽は個人ごとに大きく異なり, 特定の音楽が持つ物理的な特徴量のみが原因となっ て,万人に鳥肌感が喚起されるわけではないと考えら れる。

しかし,鳥肌感を生起させやすいのが,音楽の持つ どのような音楽構造や音響的特徴であるかについては 知見が得られている。

音楽経験者によって特定 された鳥肌感が喚起されることが多い楽譜の箇所は, 曲中において新しいもしくは予測ができないような和 声が現れる箇所,音が大きくなる箇所,テクスチュア の変化する箇所であった。

多くの参加者が音 楽聴取中に鳥肌感を報告した箇所は,音が大きくなる クレッシェンドの箇所であったと示されている。

3 曲の楽譜について分 析を行った。

この分析では,鳥肌感が,曲のゆっくり とした箇所,オーケストラとソロの境目,音が大きく なる箇所,周波数帯域が広くなり高いもしくは低い音 が現れる箇所,さらには,予測しづらい曖昧な和音進 行の箇所で生じやすかったと示されている。

一方で,音楽ファイルの音響信号をデジタルに解析 するパーソナルコンピュータソフトを用いた物理的特 徴の分析も行われている。
Grewe et al.(2007)

その結果,鳥肌感の生起する 1 ─ 4 秒前に音が大きくなるとともに,粗く感じられ るようになり,周波数が上昇して音が高く・鋭くなる という音響的特徴の変化が認められたと報告してい る。

曲の前奏 が終わり,歌が始まる部分で鳥肌感が生じやすかった という参加者の主観回答も得られている。

190 曲の音響的特徴を分析した結果,周波数の近い音 が密集しているために,音が粗く・不協和感を生起す る箇所で鳥肌感が喚起されやすいとともに,鳥肌感の 生起に伴って 920 ─ 4,400 Hz の周波数帯域において 音が大きくなったと報告している。

上述の研究結果から,鳥肌感の生起に対して,急激に音が大きくなることおよび新しいもしくは予期しない音楽展開が研究間で一貫して影響を示したと言える。

音が粗くなることによる不協和感の生起や音が高くなることも鳥肌感の生起に影響すると考えられる。

・鳥肌感が生起するときの聴取者の状態

鳥肌感がより多く生起した音楽の聴取時には,他の音 楽と比べて,参加者は聴取に没頭し,集中している度 合いが高かったという自己報告が得られている。

音楽へ集中・没入するほど,鳥肌感が強く・ 頻繁に生起したという結果が得られている。

実験室において一人で音楽を聴取した場合の方が,複 数人で音楽を聴取する場合よりも,鳥肌感が生起しや すい

聴取する音楽の馴染み深さの程度も,鳥肌感の生起 に影響を及ぼす。

複数の研究において,聴取した音楽 の親和度が高い場合,より頻繁に鳥肌感が経験される という結果が示されている

た だ し,Grewe et al.(2007)では,同一の参加者に対して同一音楽を 7 日 間連続して聴取させたとき,3 日目まで認められてい た鳥肌感の生起が,4 日後以降はほとんど認められな くなった。

このことは,親和度が飽和すると鳥肌感が 生起しづらくなることを示すと考えられる。

したがっ て,高過ぎず低過ぎず適度な親和度がある状態で音楽 を聴取するときに,鳥肌感の生起が促進されると推察 される。

なお,Guhn et al.(2007)では,参加者にとって未知の音楽を聴取させた場合でも,鳥肌感が生起することが示されており,鳥肌感の生起に必ずしも親和度が必要なわけではない。

・鳥肌感を規定する個人差

McCrae(2007)は,51 の国々で合計 12,156 人を対象 に性格 5 因子を測定する尺度である NEO-PI-R(Revised NEO Personality Inventory: Costa & McCrae, 1985)を用 いた調査を行った。

その結果,多くの国において,美 的な価値や新奇性を重んじる性格特性である経験 へ の 開 放 性 の“Sometimes when I am reading poetry or looking at a work of art, I feel a chill or wave of excitement (詩を読んだり芸術作品を見ていると,ぞくぞくした り感情の高まりを感じる)という 1 項目の頻度得点が, 経験への開放性に含まれる他の 47 項目と比べて,経 験への開放性の全体得点と最も強く正に相関した。
(”NEO-PI-R 日本語版:下仲・ 中里・権藤・高山,1998)

しか し,実験室実験において,音楽聴取によって生じる鳥 肌感と性格 5 因子に関する検討が行われた場合,鳥肌 感の生起頻度と経験への開放性が相関を示さず,協調 性もしくは外向性といった他の因子が相関を示すと報 告 さ れ て い る

これらの結果の不一致は,質問紙調査では回 想による回答が行われるため,鳥肌感の経験が正確に は反映されないことが原因とも捉えられるが,実験室 実験では参加者が少ないため,鳥肌感を経験しやすい 人の分布が偏ることが原因とも考えられる。

これらか ら,音楽聴取時の鳥肌感は,経験への開放性が高い, すなわち,好奇心が旺盛で,芸術作品に関心の高い人 に生じやすい可能性があるものの,その関係性を明確に示すためには,さらなる追究が必要であると言える。

高周波パワースペクトラル値が低い場合,副交感 神経系の活動が抑制され,生理的に覚醒した状態にあ ると考えられる。

安静状態において生理的にリラック スしている人と比べて緊張の高い人のほうが,鳥肌感をより経験しやすいと示唆される。

音楽の演奏経験が豊 富な人は,鳥肌感を経験する比率が高いと示されてい るとともに, 日常的に音楽を聴取する時間が長い人や,音楽を聴取 することを重要視している人が鳥肌感を経験しやすいと示されている。

音楽との関わりが深い人ほど,鳥肌感を頻繁に経験す ると考えられる。
ただし,これらの関係性は質問紙調 査において認められているのみであり,聴取実験では 明確に示されていない。
(Goldstein, 1980; Nusbaum & Silvia, 2011)
(森,2013; Nusbaum & Silvia, 2011)

・音楽による鳥肌感の生起モデル

こうした生起過程では,音楽が もたらす鳥肌感に伴って主観的な強い快情動が生じる ことや,音楽が強力な報酬となって,報酬に関連する 脳活動をもたらすことが説明されると言える。

親和度が中程度である場合には,聴取す る音楽作品を最も好ましく感じており,興味を強く 持っているため,作品に対する強い没入や集中がなさ れると考えられる。

そうした状態では,リラックスし て何気なく音楽を聴取するときと比べて,心理的にも 生理的にも覚醒が高まりやすいため,鳥肌感に伴う心 理生理覚醒を導きやすい可能性がある。

親和度のある状態で曲を聴取する ことで,鳥肌感の生起時に快や喜びの情動と悲しみの 情動の両方が強く喚起される可能性もあるだろう。

ま た,没入感や集中力の高い状態で音楽を聴取するとき, 期待―逸脱の処理が明確に行われると推察される。

期 待―逸脱の処理は,音楽による情動の喚起に重要であ ることが定性的に述べられてきた(Huron, 2006; Juslin & Västfjäll, 2008; Meyer, 1956)。

この考え方の一部によ れば,例えば,前奏の後に歌が始まるとか,オーケス トラの演奏がソロに切り替わるといった場面において,次に起こる音楽的事象を期待して聴取するととも に,音楽構造および音響的特徴に逸脱が生じることが, 情動の喚起をもたらす。

BGM として聴取するときの ように,音楽聴取に対する没入や集中が欠損している 場合には,音楽的事象に対する期待が生じないと考え られるが,音楽を聴取することに専念しており,没入 感や集中力が高い場合には,急激に音が大きくなるこ とや音楽展開の変化に関して期待―逸脱の処理が促進 されると考えられる。

・音楽以外によって喚起される鳥肌感

音楽以外を刺激に用いて検討した実験研究として, Konečni, Wanic, & Brown(2007)は,実験参加者に物 語を呈示している。

この実験では,呈示する物語の結 末が操作され,ポジティブな終わり方をする物語を読 む群とネガティブな終わり方をする物語を読む群が設 定された。

実験の結果,ネガティブな終わり方をする 物語を読んだ参加者が,鳥肌感をより多く報告してい た。

Panksepp(1995)は,複数回の実験において,音 楽により鳥肌感が喚起されるとき,悲しみの情動が強 く喚起されると示しているが,この実験では,歌詞の ある音楽が刺激に用いられていたため,音楽の音響的 特徴に加えて歌詞の物語が鳥肌感の喚起に影響してい たと考えられる。

鳥肌感に伴う悲しみの情 動は,音響に関わる要素よりも物語によって喚起され やすい可能性がある。映画や小説といった物語を持つ 芸術作品において鳥肌感が経験される場合,鳥肌感に 悲しみの情動が伴いやすいことが推察される。

音楽による鳥肌感の生起頻度は,快情動と正 の相関を示していたものの,写真と音声・音響による 鳥肌感の生起頻度は,不快情動と正の相関を示してい た。

つまり,音楽による鳥肌感と写真および音声・音 響による鳥肌感では,自律神経活動は同様であったが, 主観的な情動状態が相反していた。

音楽の場合とは異 なり,写真や音声などによって喚起される鳥肌感は不 快なものであり,寒さや恐怖に対する防御反応として 生じる鳥肌感に近いものであると推察される。

・今後の展望

音楽という実体のな い抽象的な音の塊が,食事などの生存に関わりの深い 事物と同様の報酬に関連する脳活動を示す(Zatorre, 2005; Salimpoor & Zatorre, 2013)のはなぜなのかの解 明につながることが期待される。

Salimpoor et al. (2013)は,特定の音楽ジャンルを好む聴取者が,初 めて聞いても好むと考えられる曲を iTunes や Last.fm といった音楽ソフトおよびインターネットサイトの曲 推薦サービスに基づいて選択し実験室で呈示したと き,強い快情動を喚起することができたと報告してい る。 

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